変わった履歴書が届いたとします。名前は DINOv3。2025年8月に Meta から出た画像のモデルで、恐竜とは関係ありません。学歴は独学で、約17億枚の画像を眺めて育ち、正解ラベルは一枚も見ていません。特技は見分けること。短所は、何を見せても「猫です」と答えないことです。面接で会ったら、だいぶ扱いに困るタイプです。
答えは教えてくれませんが、目は貸してくれます
「これは猫」「これは傷」と誰にも教わらないまま、見分け方そのものを身につけた、いわば独学の天才です。そのかわり、ものの名前を知りません。画像を見せると、数百〜数千個の数字の並びを返してくるだけです。似た画像は、似た数字の並びになります。答えは言わないけれど、見分けるための目は貸してくれるんです。
これまで画像認識というと、「まず画像を5,000枚集めて、1枚ずつラベルを付けてください」という、あれでした。あの苦行の多くは、いま思えば目を育てるための授業料だったんですよね。目を借りられるなら、こちらが教えるのは最後の一言で済むことがあります。「その違いのことを、うちでは不良と呼ぶんです」と。
頼みたい仕事は3つあります
- 似たものを探す。全部の画像を数字の並びにしておけば、写真1枚から似たものを引けます。ラベルはいりません。「これ、前にもあったよね?」の仕事です
- 少ないラベルで分類する。数字の並びの上に軽い分類器を載せます。Meta も、少しの注釈と線形モデルで頑健な予測が得られると書いています。種類ごとに数十枚で試し始めて、足りなければ足せばいいんです
- 良品だけで異常を見つける。良品の写真を集めておき、そこから遠いものを「なんか違う」と判定します。区画ごとに比べれば、どこが違うかも指せます。不良品がめったに出ない現場ほど不良品の写真が集まらない、という困った話の抜け道です
最後のやり方は、数字が派手です。AUROC(見分ける力の指標で、100%が満点)で96.6%、それも良品たった1枚からです。ただ、これは前作 DINOv2 を使った AnomalyDINO という手法の、公開の検品データでの成績です。DINOv3 の論文が大きな工夫として挙げているのは、長く学習させるほど細部の特徴が崩れていくという問題を抑えたことで、細部がくっきりすれば「このどこが変か」まで追いやすくなると期待できます。
本人は大きすぎるので、弟子に来てもらいます
本人は約67億パラメータの巨体で、気軽に呼べる相手ではありません。そこで、師匠の知識を受け継いだ小さな弟子たちが一緒に公開されています。小さいものなら約2,100万パラメータで、師匠の300分の1ほどです。まず小さい弟子で試して、足りなければ大きくするのがよさそうです。
雇用条件は、読んでおいたほうがいいです
前作は Apache 2.0 という使いやすいライセンスでしたが、DINOv3 は Meta 独自のライセンスです。無償で使える代わりに軍事目的の利用の禁止などの条件が付いていて、重みのダウンロードにも申請が要ります。天才を雇うときでも、書類仕事はなくならないようです。
初日に何を見せるかが、いちばん悩ましいです
目を貸してもらったあとは、こちらの仕事です。
目がいいということは、余計なものも見えるということです。光の加減、角度、背景と、撮り方がぶれていると、天才は見たいものより照明のほうに反応しかねません。なので撮影条件はそろえます。ラベルもゼロにはなりません。うまくいっているかを確かめる正解データは、どのみち要ります。どこまで任せるかは、見逃しや誤判定がいくらの損になるかで決まるので、最初は怪しいものに印を付けて人が確かめ、誤りの出方を数えてから、任せる範囲を広げればいいと思います。
並べてみると、全部ひとつの問いに行き着きます。うちは、何を見分けたいのか。どの傷なら出荷してよくて、どの傷なら止めるのか。どの「似ている」に値打ちがあるのか。履歴書にはもちろん書いてありませんし、社内で聞いても、人によって答えが違いそうです。
見分ける目は買える時代になりました。なので初日の朝、天才の前に並べるのは、出荷してよい傷の写真と、止めるべき傷の写真です。その2枚を選べる人がいるなら、雇っていいと思います。
吉村 尚悟